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レポートマン!!

みんなの息抜きになるようなレポート集!

右膝の前十字靭帯損傷 治療とリハビリ体験記

書こうと思ったきっかけ

僕は高校1年の時に右膝前十字靭帯を損傷してしまった

それにより、たくさんの大切な時間とお金を失い、家族や友人、彼女にまで迷惑をかけてしまった

今だからこんなことが言えるが当時は自分のことで精一杯だった

これから手術をするという方は尋常じゃなく不安だと思う、その気持ちは痛いほどわかります

 

靭帯を損傷してしまいたくさんの不安に怯えながら生きているであろう方やその御家族の心が少しでも軽くなることを願い、自分の実体験を元に前十字靭帯損傷のきっかけと手術、そして術後の生活などについてレポートをまとめておこうと思います

 

部活でバドミントンをしていて右膝を…

 

僕は高校に入ってからバドミントン部に入部しました

全くの初心者で詳しいルールなどはわからなかったけど、部活のメンバーと一生懸命には取り組んでいた

 

夏休みの灼熱体育館での鬼トレーニングも無事終わり、9月

いつも通りのダッシュ、ストレッチ、フットワークと練習は進んでいく

「もっと早く後ろに移動しないと間に合わんぞ!」と監督が言った

 

監督のアドバイスを意識しつつ僕は素早く右足を後ろに持っていった

 

その時「ブチッ」という鈍い音が右足の方から聞こえたと思ったら一瞬、痛みがした

 

心の中で「痛った…」とつぶやく程度の痛みだった 我慢できる痛みだったのだ

 

歩こうとしたけど、僕の右足は硬直したまま動いてくれなかった

 

「捻挫しちゃった…とりあえず冷やせば大丈夫だろう…」と思いながら先輩に声をかけ、念のため保健室に行った

もちろん右膝は曲がらないので左足を使い、右足は引きずるような形で保健室に向かった

 

事情を説明しアイスノンをもらって体育館に戻った

とりあえず床に座り、右膝を冷やし続けた

この時にはほぼ痛みはなかったが、膝が全く曲がらなかった(ロッキング状態というものになっていたことがあとでわかった)

 

二時間ほど経ち、夜7時頃になってもロッキング状態が続きはそこまで痛みはないものの右膝が曲がらず、帰ることもできないので(当時自転車で7km通学していたため)

母に電話し、学校まで迎えに来てもらった

その時に車まで肩を貸してくれた友達には本当に感謝している

 

家に着いてからは、お風呂やトイレ、そして自部屋までの階段など障害もあるので無理やり膝を曲げてみた

少しの間、痛みがあったが4、5分経つと元のように曲がるようになった

 

次の日は土曜日で授業もなかったので近くの整形外科に行った

病院に行った

昨日のこともあり、念のため診てもらおうと思い近くの整形外科に行きました

すぐにレントゲンをとってもらい呼ばれるのを待った

めちゃめちゃ長い順番待ち(2時間くらい)を終えやっと診断。

医師に事情を説明すると、それは足の専門医に診てもらおうかということになり、またしばらく待たされました

(さっきお前は誰やねん!最初から専門医出せや!)と思っていると名前が呼ばれた

 

専門医に説明すると、膝の診療を始めた

仰向けになり、膝を立て、上下にずらして膝のズレやゆるさを確認するチェックテストを行った

そこでわかったことは右膝が左膝よりもゆるいということ

元々、両膝ともゆるく、足が弱い方だとも指摘された

実はレントゲンでは靭帯や筋肉などの内部組織までは表示できないのでMRI(核磁気共鳴画像法)を撮りましょうということで別病院にあるMRIの予約を取りその日は終わりました

 

一週間後、MRIを取り終え、また2,3日後その改めて専門医に診てもらった

 

「ここが靭帯と言って膝回りを支えてくれる組織なんだけど、損傷しちゃってて、手術しないと治らないんだ 半月板も傷ついちゃってるから手術した方がいいと思うな」

と言われた、

 

「まさか俺が手術するだと…?」と思った

 

親御さんと相談してまた来てくださいということで、家に帰り説明した

しかし親も初めてのことでどうすればよいかと困っていた

兄がセカンドオピニオン!というので他の病院に行った

捻挫ですねと診断され、湿布をもらうだけだった

 

手術するかどうか

 

結局元々の病院に戻り、親と一緒に専門医と面談をした

改めてMRIの画像をみせられ説明を受けた

このまま放置すると今はなんとかなっても、老後、半月板がすり減り変形性膝関節症を発症し歩くことが困難になると説明を受けた

 

ただのフットワークで…と思っていたが事故の重大さを認識した

 

そして老後のことも考え、親と相談し、手術することを決めた 

 

手術は入院と合わせて2週間かかるということで高校生の僕は大型連休中に予約をすることになった

 

しかしここで問題が発生した

次の大型連休である冬休みは既に手術の予約でいっぱいだというのだ

しかも次の春休みまで予約が埋まっており、空いてるのが三月の初旬ごろしかなかった(みんなどんだけ怪我しねんねん!と思いつつ)予約をとり手術日が決定した

 

手術までの4ヶ月間

怪我をしてから手術日を決定するのになんだかんだ1ヶ月ほどかかり、もう11月だった

この4ヶ月間はなにもないわけではない

手術後の筋力低下に備えてリハビリ(筋トレ)をしなければならなかった

具体的に行った筋トレは

腹筋

人間の膝と腹筋はリンクしているということで腹筋、特に足の付け根の筋力強化を図った

足の付け根の力の入れ方がわからなかったが理学療法士に質問しながら上手く(なんとなく笑)できたと思う

わからない点は迷わず聞いた方がいいです

目的や効果などを理解しないでやると「これであってるのかな?」と、筋トレも捗らないと思います

 

スクワットによる膝周りの強化

単純に膝周りが細く筋肉がなかったのでスクワットで鍛えた

 

姿勢矯正 

僕は外側の筋肉が張っていて内側は力が入っておらず膝が外側を向いてる(がに股は膝にめちゃめちゃ悪い)癖があり、内側に倒れやすく捻りやすいとの指摘をされた

そこで膝からつま先までをまっすぐ前前に向かせるという訓練を行った

また背筋を伸ばし、猫背を治すように背筋、腹筋も合わせて行いました

  

このような筋トレを週2で病院に通って行った

学校から家に帰り5時から7時半くらいまでやり、8時くらいに帰宅した

(ここで怪我をすると大切な青春の時間まで奪われることを学びました)

 

体育は一部やった

授業の体育は選択科目の剣道とシーズンごとに科目を決めていました

10月11月前半のバレーボールでは足はあまり動かさないと思ったので参加しました

11月後半12月のサッカーでは足を使うと思ったので見学にしましたが、周りの友達とのノリで1度だけ参加してしまいました、けっこうガチでやってしまったので膝にダメージがあったかもしれません

今思うと本当に後悔しています

嫌な誘いも上手く断れるというコミュニケーション力の大切さも学びました

 

1月2月は持久走を強制的にやらせれました

体育教師に見学したいと言いづらくなんとなく参加してしまいました

ここでも自分の意気地のなさと弱さを認識させられました

 

しっかりと事情を説明して自分の気持ちを伝えることは自分を守ることにも繋がるのでとても大切です

 

そして

 

選択である剣道は道場の足が冷たかったので休まさせていただきましたwww

(頑張ればできたかもしれないです

でも無理は禁物ですよねww)

 

 

そして来たる 手術日

ギリギリまで学校には通っていましたが

期末テストは受けることができませんでした(これはラッキーでしたね)

担任を通して各教科の先生に説明をしました

成績の方ですが、年間の平均からして期末でも取るであろう点数が自分のテスト素点になるそうです

実際にthe平均というような点数でした

 

手術日の2日前の夜17時頃から入院しました

前々日の夜はいつも通りのリハビリをしてから食事済ませ血圧体温を測って終了しました

スマホも自由に使えるしトイレも自由に行けました

 

前日は麻酔科の先生から、同意書へのサインと麻酔の軽い説明(効能と副作用など)を受けました

 

夕方18時頃手術をしてくださる先生と会い、手術する方の足に間違えないようにとペンで○を書かれました

そしてこの夜から食事は一切禁止でした

これは麻酔の副作用で吐いてしまい喉に詰まり窒息するのを防ぐためだそうです

 

このとき、病院指定のミネラルウォーターだけ飲むことができました 

 

当日の朝も食事はできませんでしたがミネラルウォーターでうまくやり過ごしました

この日は朝9時の部と午後13時からの手術の計2回あり、僕は2回目の手術でした

30分前に、手術室で素早く脱がせるようにするおむつを履き、寝たままでもボタンで脱がせられる術着に着替えました

僕は未成年だったので、手術中は緊急事態(原因不明の意識不明やその他の事故)の最終判断のため保護者が待合室で拘束されることになりました

 

手術室に入る前に生年月日と名前を確認し、僕が僕であることを確認しました

部屋は色々な器具が置いてあり、壁と床はドラマのような青い色をしていました 

手術室ではいきものがかりの気まぐれロマンティックがBGMとして流れていて不安への配慮が感じられます

 

いざ手術台に乗ると助手の方たちが体にペタペタと貼ってきたのを覚えています

人工呼吸器を装着し

「じゃあ今から麻酔のお薬入れていきますね」と麻酔の先生

「はい!」

「高校生だっけ?」 

「はい!」

「なに高校?」

「○○高校っていうところです!」

「そうなんだ!緊張する?」 

「はい!」

「そっか〜」

 

そして起きたら元のベッドにいました

一瞬で麻酔で眠ってしまってたようです

時計を見ると17時過ぎで約4時間にも及ぶ手術になりました

 

右足はRISE法にもあるように枕を敷き、高く上げられ、大きな医療用の氷嚢で冷やされていました

尿道にはカテーテルがつけられていました

感じの痛みはというと薬が効いてるのかあまりなかったです

しかしその夜は傷口の熱や体内環境の変化から高熱が出てしまいました

熱が39度にもなったのでロキソプロフェンのような鎮痛作用のある解熱剤を飲みながら2、3日乗り越えました

この時は本当に辛かったです

 

次の日からは尿道カテーテルが外され、リハビリが再開します

リハビリをする際はプロテクターを外すので

松葉杖を着いて足をつけて歩いてみるということだけでもかなりしんどかったです

右足は少し動かすだけでめちゃめちゃ痛いので半泣きでやりました笑

3日目には先生が包帯をほどいてくれて中身を見せてくれました

完全に乾いてはいませんが傷口は治り始めていたので安心しました

4日目以降は患部にラップを巻いてシャワーを浴びることができます

このような薬を飲みながら軽く歩いてみるという生活が2週間ほど続きました

そして退院になりますが、最後に先生が糸を抜いてくれました

松葉杖は1ヶ月は外れないということでまだ自力で歩けないので親に迎えに来てもらい家に帰宅しました

 

術後の生活

春休みシーズンなので学校に行く必要もなく家でじっとしていました

家では足首を動かしたり松葉杖で廊下を歩くなどして積極的に足を動かしました

これはできる範囲で行い、無理をしないことが大切だと思います

4月になり学校が始まります

最初の一週間は車で送り迎えをしてもらいました

この期間も週2でリハビリに病院まで通っていました

 

新しい担任にも事情を説明し周りの仲間に支えてもらいました

本当に仲間は大切なものだと改めて実感しました

 

そして術後1ヶ月が経ちました!

傷口の痛みも引いていき

4月中旬には左側の松葉杖が取れました

このあとも順調にリハビリを続け、

2ヶ月経った5月には右側の松葉杖も取れて自力で歩けるようになりました

ですが、まだ不安定な面もあるので筋トレの負荷を上げつつ筋力強化に励みました

すぐに自転車にも乗れるようになり、リハビリの頻度は月に1回程度までに縮まりました

その後はたくさんの時間とお金もかかるのでリハビリには行かなくなりました

完全に独断のサボりでしたが、特に支障はなかったですし、後悔などもありません

 

1年後の再手術について

実は私の手術はボルト(人工靭帯を固定するためのネジのこと)を抜く手術が一年後にありました

この時は手術日を入れて3日間の入院をしました

前日の夜に入院し13時から手術しました

この手術は、ボルトを抜く作業と軽い掃除(クリーニング)のみなので30分ほどで終わりました

次の日の朝に軽くリハビリをし、鎮痛剤と傷口からの細菌感染を防ぐための抗生物質をもらい

抜糸をしてお昼には退院しました

 

そして一週間後、また病院に向かい先生に膝の様子を診てもらい、最終確認をし卒業という形になりました

 

 

以上長くなってしまいましたが僕が経験した前十字靭帯損傷とその手術前後の体験レポートです

読んでくださった方の不安払拭に少しでもなれば幸いです

最後まで読んでくださってありがとうございました

 

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